骨髄提供! 何気ないボランティアのはずが。

究極のボランティア活動ですね! 最初は軽い気持ちで登録したものの。

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私が、メンタルトレーニングと深くかかわる前の出来事であるが、人生において重要な心の変化が起こった出来事

 

について話そうと思う。

 

心の変化といっても、人は育った環境によって感じ方が大きく左右されるものである。

 

私も色々な会議団体に所属しては「ボランティア活動」をこなしてきましたが、

 

ボランティア活動において、体をつかう活動や募金活動、参加型の活動、多種多様で有る。

その中で、自分の体の一部を提供する活動が、「骨髄バンク登録」である。

 

自分の体を提供するボランティアには、それ以外にもアイバンク、腎臓、心臓などの臓器提供に関する活動もある。

 

臓器の提供には一定の条件があり、実際には生きている(意識がある)間に提供することは難しく、

 

運転免許証に記載するなど、意思での表明などになる。

 

私が骨髄バンクに登録したのもボランティア活動推進の一環で、「登録時には何のためらいも無かった。」

言ってしまえば、適合の可能性は低いから適合することはないと思った。

 

そして、登録後2年の月日が流れようとした、ある日。

 

一通のA4サイズの封書が。

 

表には差出人(公財)日本骨髄バンク。

 

『大切なお知らせです。至急開封してください。』

 

『重要、親展』の文字が!

 

まさかの的中(ドナー提供?)の言葉が頭をよぎる。

 

ドキドキしながら開封してみた。

やはり骨髄提供のお願いであった。

 

封書の中にドナーのためのハンドブックと言う本が同封されていた。

 

私は骨髄バンクに登録をした時点で、骨髄の提供をする意志は十分に有ったので悩みはしなかった。

 

提供の意思は強いのだが、骨髄バンクは必ず提供者家族の同意が必要で、

 

それが無ければ、提供できないシステムである。

 

親の説得に少し手間取った。

 

親の気持ちになればそうかも知れない。

 

私: 『骨髄バンクから骨髄提供のお願いがきたから、提供するよ。』

 

親: 『なぜ、あなたが提供するの?』

 

私: 『人助けの為だよ。』

 

親: 『人助けは良いけどリスクは有るの?』

私: 『ゼロでは無いけど、提供する気持ちは変わらないよ。』

 

親: 『…』

 

私: 『ごめん、リスクは有るけど私の気持ちがそうさせるので、

 

私のわがままを聞いて下さい。』

 

この時は、今の自分に 「できる限りの言葉」 を選び、親に伝えたつもりである。

 

骨髄バンクのシステムでは提供者(ドナー)と患者の間にコーディネーター(松村仮名)と言う人物がいて

 

その人が互いのすべての時間と意思を調整するのである。

 

当人同士が直接触れ合うことがないからこそ、提供の意思の変更があった場合は松村さんがすべて行い

 

当人同士にわだかまりが残らないようになっている。

 

松村: 『大洋さんは骨髄の提供意思はありますか?』

 

私: 『はい、あります。』

 

松村: 『家族の同意はありますか?』

 

私: 『はい、あります。』

 

後には引けない、提供するのみだ。

 

その時、松村さんから一つだけ申し上げておきたい事があると言われた。

 

内容はこうである、あなたは第二適合者です。

 

松村:『第一適合者が提供の意思を示したらそちらの方が優先になりますがよろしですか?

 

それまでの間、二名が同時進行で適合の為の最終検査をお願いします。』

 

私は了承し、 コーディネートがスタートした。

間もなく3ヶ月後に、提供の日程が決まる。

 

この間、いろいろな検査も終わり全てクリアー、

 

一ヶ月半が過ぎた頃、村松さんから一本の電話があった。

 

第一適合者の方が骨髄の提供の意思を表明されたので、

 

「今回の私の骨髄の提供は無くなりました」と言う内容であった。

 

内心ホッとした。

 

それから普通の生活に戻った。何気ない日々が過ぎていく。

 

さらに2週間が過ぎた!!

 

と、その時。電話が鳴った。着信を見てみると、松村さんからだ!

 

今度の電話は少し違っていた。

 

いつも冷静だった松村さんが少し焦った口調でこう言った。

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松村: 『大洋さん、骨髄の提供意思はまだありますか?』

 

私: 『えっ、えーありますが。どうかしましたか?』

 

松村: 『第一適合者の方が家族の同意を得られず、提供の中止に成りましたので

 

急遽お願いしたいのですが、いかがでしょうか?』

 

私: 『…うん…』

 

松村: 『あと、1ヶ月しか時間が無いのでもう一度お願いします。』

 

私: 『分かりました、提供します。』

 

松村: 『ありがとうございます。』



この時、一度は親に提供をやめたことを伝えているので、

 

また提供することを伝えるのが、憂うつではあった。

 

「親も二度目なので渋々承諾をし、骨髄の提供まで一週間のところに指しあたった。」

 

この辺りから、私の心境も行動も大きく変化し始めた。

 

今までなら、普通に過ごしてきたこと・時間。

 

例えば、車の運転にしても、事故を起こせないとかあまり意識して思うことも少なかったし、

 

風邪をひいて薬はあまり飲みたくないとか、

 

当たり前の日常のにも、集中して行動をするようになった。

 

私の行動のすぐ向こうに人の命がかかっていると思うと、いつもより行動が、さらに”慎重”になる。

 

その頃、私はタバコを吸っていたが提供が決まってから、

 

タバコの本数を減らしてみた、我ながら可愛い抵抗である。

 

1週間後、無事骨髄提供。

 

うれしいよりも  ”うん”  安心である。

 

「本当に安心した。」

 

最初は何気ない骨髄の提供ボランティアのつもりが、

 

提供する日が近づくに連れて、自分の体が自分のものではなくなって行くのが良く分かった。

 

ボランティアはたくさんあるけど、「骨髄バンク」は、


今までの私には無い、究極のボランティアの一つであったと思う。

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わたしの骨髄一つで、人の命を助けることができるのだ。


逆に言えば、私にもし何かがあれば、一人の命を失うことだってあるということ。

 

これほどまでリアルな社会貢献は、わたしにとって初めての経験であったが、こんな自分でも人の役に立てて

よかった。

一言でいうと、心が豊かになることができた。

 

それだけ生半可な気持ちでは、できない活動であったからだ。

 

もし、次回も適合することがあれば、もう一度提供をしようと思っている。

 

何気ない気持ちで登録したボランティア活動であったが、

わたしの決断や行動が、社会への一つのアクションになることを学んだ。

「これで、いいのだ!!」

 

自分が選んだ道でも変えざるを得ない時がある。

 

「自分の信念を貫き通す為には、周りの人にいかに自分の言葉を正しく、

 

集中して(考えて)選んで伝えれば理解は得られると思う。」